論評:「アップライトとグランドピアノの修理」アメリカピアノ技術者団体(PTG)

PTGによる本の評価はこちらをご覧になって下さい。 http://www.ptg.org/

ピアノ技術者のための最新本:

“アップライトとグランドピアノの修理(Upright and Grand Piano Repair)”

カール-ヨーアン フォッシュ(Carl-Johan Forss) 著

論評:トレボー ネルソン(Trevor Nelson)、RPT(認定ピアノ技術者)コロラド州ボウルダー支部

ピアノの存在が当たり前のようになっていると、その周りでどんな変化が起こっているのかということを見逃してしまいがちである。過去20年を振り返ると、ピアノ技術に関する進歩が以前とはまったく異なっていることに気付くだろう。私たちは、ピアノ技術に関して最もおもしろい時代に生きているともいえる。

高性能な工具、ジグおよび材料が利用できることを考えてみてほしい。例えばビル・シュプールロック(Bill Spurlock)社やジョー・ゴス(Joe Goss)社の弦圧測定器などは修理作業を容易にし、しかも精度の高いものにしてくれる。レンナー社やアーベル社は1980年代の良質な部品に戻しているので、メカニック(アクション)部品などは、最高級ものを手に入れることができる。さらに、クラウンの付いた響板を注文することもできる。デヴィッド・スタンウッド(David Stanwood)、ロン・オーヴァース(Ron Overs)、デル・ファンドリッチ(Del Fandrich)は、鍵盤重量やピアノ設計などに関する考え方を驚くほど広げてくれた。年次総会には、世界中の優れた人々によって教授される講習が数多くある。私たちは今日豊かさゆえの惑いを楽しみ、専門家のレベルは驚くほど向上した。

それにもかかわらず、研修生やプロのピアノ技術者のための上質な教本を入手できる可能性については全く進展していないのが事実である。アーサー・レブリッツ(Arthur Reblitz)著の“ピアノメンテナンス:調律と修理(Piano Servicing, Tuning & Rebuilding)”(第1版出版:1976年、第2版:1993年)は、現在でもピアノ技術における最も包括的な著書と考えられている。この著書は楽器史・構造・理論・調律・修理の基礎を取り扱っていて、副題によれば趣味の範囲からプロのピアノ技術者までを対象にしている。しかし、これは教本というよりむしろ入門ハンドブックであるとも言える。したがって、各項目を徹底的に探究しようとすると制限がある。ピアノ技術という職業が1世紀以上も存在しているにもかかわらず、この分野に対する詳細かつ包括的な入門書はほとんど見当たらない。なぜならピアノ技術についての書物を出版することは途方もない仕事であり、市場も非常に小さいからである。

ヨーロッパでは政府補助金、楽器製作の上質な芸術および伝統への深い尊敬、斬新で献身的な出版社のおかげで、北アメリカとは状況が異なる。ヨーロッパの中でも、ドイツのエルヴィン・ボチンスキー(Edition Bochinsky)は特筆すべきである。ボチンスキー社は楽器およびその関連の幅広い範囲の本を出版しており、その中ではピアノも扱われている。このすばらしい出版社の産物として、読者はマックス・マティアス(Max Mathias)の“スタインウェイ・サービスマニュアル(Steinway Service Manual)”をすでにご存じかもしれない。

1998年、スウェーデンのピアノ技術者でありスウェーデン・レクサンド(Leksand)大学の方法教育学講師であるカールヨーアン・フォッシュ氏がピアノ技術3教本の1冊目を出版した。ボチンスキー社は、2003年・2004年・2007年にドイツ語版の3教本を出版している。1冊目は「アップライトとグランドピアノの修理」(488頁)、2冊目は「アップライトとグランドピアノのメカニック調整」(576頁)、3冊目は「アップライトとグランドピアノ調律」(492頁)である。これらの教本は、特に研修生にとっては取り扱われている範囲と内容の深さの点で他のピアノ技術教本よりもはるかに勝っている。

これまではドイツ語とスペイン語のみであったが、英語版「アップライトとグランドピアノの修理」が出版された。英語版「アップライトとグランドピアノのメカニック調整」と「アップライトとグランドピアノ調律」は、2009年末までに出版される予定である。

フォッシュ氏はどのように教材を提示するかを周知しており、レイアウトは非常に美しく、資料は大変理解しやすくなっている。工具類と材料が各章冒頭に示されていて、各章末尾は内容を理解しているかどうかを確認できる練習問題で締めくくられている。テーマごとに詳細に図解され、重要な注意点を復習するためにボックスが適所に設けてある。

ヨーロッパでは、ピアノ技術者の養成は北アメリカよりもはるかに徹底的に行われている。例えばドイツでは、ピアノ技術研修生たちは工場または工房での実習と並行して、国立オスカー・ヴェルカー・シューレ(楽器製造コース)で一定期間学ぶことも義務付けられている。また、ピアノ技術マイスターの称号を得るためには、実技試験の中でピアノを設計し構築しなければならない。

フォッシュ氏はこの伝統の成果であり、彼の教本は、典型的な北アメリカのピアノ技術者が「理想として知っておくべき、あるいは職に就いてしばらくしてから初めて知ることになるような情報をも搭載している。「アップライトとグランドピアノの修理」の中では知っていて当然とされる修理の他に、どのように銅線寸法表どおりの低音弦(巻線)を作製するかなども述べている。キースティック調整法、新たな駒の作製法、ピンブロックの交換法、室内湿度を測定するための乾湿計作製法、アクションスプリング作製法、毛髪製湿度計のない工房での木材湿度測定法など、多くのことについて述べている。研修生は、ブライドルテープや鍵盤ブッシングクロス張り替え、弦のザイル結び法などの基礎修理理論を学ぶだけではなく、実技を通して理解するほうが多くのことを身に付けることができるだろう。

これらのことは、教本の学習法や、作業計画書・時間計画書・ドキュメンテーション・学習計画書などをワードドキュメントの中でいかに作成・記録していくかなどを述べた「導入」前半で強調されている。その日に作業したピアノ箇所をデジタルカメラ等で撮影し、コンピュータ内に映像を残し、作業についての文章を残さなくてはならない。また、なぜ楽器史・音楽学(音楽理論)・経営学・マーケティング・音響学・木材や金属などの関連した分野なども学ばなければならないかについても述べている。その他、アップライトとグランドピアノのメカニック調整作業工程の概要なども13頁にわたり順序良く記されている。より高い基準を求める彼の姿勢には感激する。この教本を取り入れた北アメリカのピアノ技術研修生たちは、今まで以上に優れたピアノ技術者になるだろう。また向上心のある経験豊かなピアノ技術者は、今まで得られなかった情報をこの教本から見出すことだろう。

フォッシュ氏は新しい情報を学習するにあたっては背景を知ることが重要だと考え、そのため歴史についての節を各章に用意している。例えばペダル構造の章には、研修生が展開・設計・使い方をよりよく理解できるように、ペダルのメカニズムに関する歴史的変遷も用意している。材科学の章では、ピアノの中のありとあらゆる材料について幅広く述べている。どのように合板ピンブロックが作られるか、さまざまな金属のどのような特性がピアノの中で生かされているか、どのようにフェルトが作られるのかなどについて、これまで考えたことがあるだろうか。この他にも、多くの興味深い項目を読むことができる。

本文中では、北アメリカの多くのピアノ技術者にとっては旧式とされる手順も記されている。例えば響板埋木作業においては、ビル・スプールロック(Bill Spurlock)社の高精度のルーターよりも、北アメリカの多くのピアノ技術者がV字の刃先を持ったサウンドボードカッター(シミングツール)を好んでいる。さらに、ドイツ語版から英語版に翻訳する際に、文法と語彙の誤りが数多く生じていることに気付くだろう。例えば、訳者が頻繁に使っている「変える」(「鍵盤ブッシングクロスを変える」など)という単語が「交換する」を意味しているとわかるまでには時間が必要となる。それまでは、これらの誤訳は多くの読者を困惑させることになるかもしれない。ちなみに、ドイツ語版はカラーである。カラー印刷は高価になり、英語版は白黒であるが、カラーにすることで効力を持たせることができるというのも事実である。

高等教育レベルで記されたピアノ技術の教本を手に入れることができることは、非常に素晴らしい。ノース・ベネット・ストリート(North Bennet Street)やウェスト・オンタリオ(Western Ontario)大学、フロリダ州立大学・シカゴ・スクール・オブ・ピアノテクノロジー(Chicago School of Piano Technology)などが、ただちにカリキュラムに組み込んだとしても驚くことはない。「アップライトとグランドピアノのメカニック調整」は2008年の終わりに、「アップライトとグランドピアノ調律」は今年出版予定となっている。

 

ピアノメディア出版(PIANOMEDIA EDUCATION)

www.pianomedia.se e-mail: cjf@pianomedia.se

 

カール-ヨーアン フォッシュ(Carl-Johan Forss)著の3教本:

「アップライトとグランドピアノの修理」(Upright and grand piano repair)

「アップライトとグランドピアノのメカニック調整」(Upright and grand piano action regulation)

「アップライトとグランドピアノのメカニック調律」(Upright and grand piano tuning)

 

注文

USA: Pianotek Supply Company, 740 N. Rochester Rd. Clawson, MI 48017 USA . telephone: 248-588-9055, fax: 248-588-9044, e-mail: service@pianoteksupply.com

EUROPE: JAHN PIANOTEILE, e-mail: jahn-pianoteile@t-online.de

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